2017年05月22日

りを苦労して進


さんぜん》たる神をたたえて風変わりな儀式用具をもつ、司祭や女司祭の行列を表したものであるようだった。その芸術性は素晴しくも完璧きわまりないもので、主にヘレニズムの思潮に浴しているが、それだけではおさまりきれぬ妙に特異な面を備えていた。すさまじいまでの古色を感じさせられ、ギリシア芸術の直接の祖先というよりは、遙かな時代をへだてた祖先であるかのごとくである。この壮大な人工物のあらゆる細部が、大地の丘腹の自然の岩盤をうがって造られたものであることにも疑いはない。この構造物は明らかに谷間の岩壁の一部ではあるが、その内部がどれほど広大なものであるかは想像もつかぬ。おそらくは単独あるいは一連の洞窟を基に内部を広げていったのであろう。これはまさしく大神殿に相違なく、歳月や水没もこの壮絶な大神殿の太古の威風を腐食させるにはいたらず、何千年もの歳月を閲《けみ》したいまもなお、大洋の深淵の果しない闇と静寂のうちに、神聖不可侵のまま汚点一つなくそびえたっているのである。
 吾輩は時のたつのも忘れはて、建築物、迫持《せりもち》、彫像、橋を擁する海底都市を、そして美と神秘をはらむ巨大な神殿を見つめつづけた。死がせまっていることは承知していながら、わが好奇心はつきることがなく、探照灯の光をあたりに投げかけては熱烈な探求をつづけた。探照灯の光線で多くの細部を見てとることはできたものの、岩をうがって造られた神殿の内部をうかがい見ることまではかなわず、ほどなく電力を節約しなければならぬことに思いいたり、探照灯の光を消した。いまでは光の強さも何週間にもわたって漂流をつづけたときにくらべ、はっきりそれとわかるほど弱まっていたのである。そしていずれは探照灯の光も失われる事実にかきたてられたかのごとく、深海の秘密に探りをいれたいという熱望はつのるばかりであった。ドイツ人であるこの吾輩こそが、悠久の太古に忘れ去られた都市の通りを最初に歩む者であるべきなのだから。
 吾輩は金属を継ぎあわせた深海用の潜水服をとりだして点検した後、携帯用のライトと空気再生装置が正常に作動するかどうかを確かめた。二重ハッチをともかく一人で操作することには問題があったものの、おのれの科学的な手腕をもってすれば、すべての障害を克服し、実際にこの身で死に絶えた都市を歩きまわれることは信じて疑わなかった。
 八月十六日に吾輩はU29を離れ、荒廃して泥に覆われる通み、太古の河にむかった。人骨等の人間の亡骸《なきがら》は何一つ見いだせなかったが、彫刻作品から貨幣にいたるまでのおびただしい考古学的遺物を拾い集めた。これについてはいまは何も語れず、穴居人がヨーロッパを歩きまわり、ナイル河が人間の目にふれることなく海に流れこんでいた、そんな時代に全盛をきわめた文化に、畏敬の念をおぼえたといえるだけである。もしもこの手記が発見されるようなことがあれば、これを手引に、吾輩がほのめかすことしかできない神秘は、世人が解き明かさねばなるまい。吾輩は携帯用ライトの光が弱ってきたため、岩をうがった神殿の調査は翌日におこなうことにして、艦にもどった。
 明けて十七日、神殿の謎をきわめたいという衝動がなおもつのるなか、大なる落胆にみまわれた。携帯用ライトを充電するのに必要な器材が、七月におこった豚どもの暴動の際にあえなく破壊されていたからである。憤懣《ふんまん》やるかたないものではあったが、何の準備もないまま暗澹《あんたん》たる真闇《まやみ》につつまれる神殿の内部にあえて入りこむことは、何か名状しがたい海の魔物の巣窟になっているやもしれぬし、抜け出すこともできぬ



Posted by carrie5566 at 12:46│Comments(0)
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